G・ミュラー氏が75歳で死去…“爆撃機”の愛称で親しまれた独サッカーのレジェンド

 バイエルン・ミュンヘンやドイツのレジェンド、ゲルト・ミュラー氏が75歳で亡くなった。

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 G・ミュラー氏は西ドイツ代表として62試合68ゴールを記録し、1974年FIFAワールドカップ決勝ではミュンヘンでオランダを2-1で破り、母国にトロフィーをもたらす。1964年に入団したバイエルンでは、インターコンチネンタルカップ、3つのヨーロピアンカップ、ヨーロピアンカップウィナーズカップ、そしてブンデスリーガとDFBカップをそれぞれ4度制覇。「デア・ボンバー(爆撃機)」の愛称で親しまれ、バイエルン在籍の15年間で427試合365得点、1972年に挙げた85ゴールは2012年にリオネル・メッシに抜かれるまで年間最多得点記録となっていた。

 1970年ワールドカップでは10ゴールを決めてゴールデンブーツを受賞したG・ミュラー氏は、2015年の70歳の誕生日直前にアルツハイマー病を公表。訃報を受けたバイエルンはTwitterで、「今日、バイエルンの世界は静止する」と投稿。「日曜の早朝に75歳で亡くなったゲルト・ミュラー氏を、私たちと彼の全てのファンが追悼する」と哀悼の意を示した。

Photo Getty Images

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学生時代のユニフォームが青と赤、ポジションがMF、背番号8だった事でランパードとジェラードのプレーを見るように。以来プレミアリーグを中心にサッカーを年間約1000試合観戦する東京出身のエディター。

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