テッド・ウィリアムス 2度の従軍により全盛期の5シーズンを失った「最後の4割打者」

 兵役によりキャリアの数年間を失った名選手は少なくないが、なかでもテッド・ウィリアムスは特別なケースである。第二次世界大戦と朝鮮戦争で2度も従軍しているのだ。複数の戦争に従軍した史上唯一の殿堂入り選手でもある。ウィリアムスは1943~45年の3シーズンで1度も試合に出場せず、1952年は6試合に出場したところで兵役へ。1953年8月に戦列復帰したが、この年もわずか37試合にしか出場できなかった。全盛期の一部と言える24~26歳と33~34歳の5シーズンで合計43試合しかプレーしていないのだ。

「最後の4割打者」として知られるウィリアムスは、2度の従軍で5シーズンを失ったにもかかわらず、MVP2度、三冠王2度、首位打者6度、本塁打王4度、打点王4度、通算2654安打、打率.344、521本塁打、1839打点、OPS1.116など素晴らしい成績を残している。通算709三振に対して2021四球を選び、出塁率.482は史上最高の数字だ。現役ラストイヤーとなった1960年には、シーズン終了時に42歳になっていたにもかかわらず、打率.316、29本塁打、72打点、出塁率.451、OPS1.096という驚異的な数字をマークしている。

 しかし、「もし2度の従軍がなかったら」と考えずにはいられない。第二次世界大戦へ出兵する前年には自身初の三冠王(打率.356、36本塁打、137打点)に輝いており、3年のブランクを経て復帰した1946年にも打率.342、38本塁打、123打点の好成績をマーク。朝鮮戦争により合計43試合しか出場できなかった1952~53年の打率は4割を超えており(101打数41安打、打率.406)、その前後のシーズンにはリーグトップのOPSを記録している。よって、従軍せずプレーしていれば、間違いなく球界トップクラスの打撃成績を残していたはずだ。

 メジャーリーグ公式サイトのトーマス・ハリガン記者は、ウィリアムスが第二次世界大戦に従軍する前(1939~42年)と後(1946~49年)の4シーズン、朝鮮戦争に従軍する前(1948~51年)と後(1954~57年)の4シーズンの平均成績をもとに、2度の従軍で失われた5シーズンの成績を予想。その結果、5シーズンで698試合に出場し、860安打、161本塁打、602打点、654四球、WAR41.6という数字が弾き出された。重複を避けるために5シーズンで実際に出場した43試合の成績を差し引いたうえで、この予想成績を加算すると、ウィリアムスの通算成績は3400安打、660本塁打、2400打点、2600四球、6000出塁、WAR160を超えることになる。3400安打は史上8人、660本塁打は同6人、WAR160は同4人しか達成しておらず、2400打点、2600四球、6000出塁は前人未到の大記録である。

 あくまでも仮定の話に過ぎないが、2度の従軍がなければ通算打点記録(ハンク・アーロンの2297)や通算四球記録(バリー・ボンズの2558)はウィリアムスのものとなっていたに違いない。しかし、実際のウィリアムスは、現役ラストイヤーに通算500本塁打こそ達成したものの、3000安打と2000打点には届かず、レッドソックス一筋19シーズンのキャリアを終えたのだった。

引用元 :mlb.jp photo – MLB Advanced Media

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

神戸出身。2001年、地元オリックスのスーパースターであるイチローのマリナーズ移籍をきっかけに本格的にMLBに興味を持つ。2016年に完全オリジナルのMLB選手名鑑を自費出版したことがきっかけでMLBライターに。2021年にはSPOZONE(現SPOTVNOW)で解説者デビュー。Twitter:@y_MuLB

目次
閉じる